〜僕の命は言葉と共にある〜 Readerみやまいvol.1

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僕の命は言葉と共にある

◆どんな本

3歳で右目、9歳で左目を失明し、14歳で右耳を、18歳で左耳を失聴した福島智による実体験の話である。
「しさくは きみの ために ある」と一人の友が伝えてくれた言葉により
両親や友、師との交流、フランクル、芥川龍之介、北方謙三、谷川俊太郎、吉野弘の詩、落語までに及び思索の跡を残していく。
残されたものと、直面した運命の新たな意味を帯びて立ち現れた「言葉と思索」の世界を示してくれる。
失明・失聴を経験した彼だからこそ語れる生きる意味・幸福の形がある。
人と人とが本当に繋がり合うとはどういうことなのか。
愛する人や大切な人、仲間との信頼関係を築くには何が大事なのかが、彼の運命をもって語られている。

プロローグ 「盲ろう」の世界に生きるということ
・まぶしく、遠い記憶
・「世界」から消えていった光と音
・苦悩の日々に意味があるならば、あえてそれも受け入れよう
・コミュニケ―ションの喪失―絶望と希望の狭間で揺れ動く
・コミュニケーションの復活と再生

第一章 静かなる戦場で
・生きる意味を探す闘いが続く
・極限の状況の中でこそ人間の本当の価値が発揮される
・意味があるからこそ生きられる―フランクルの公式「絶望=苦悩=意味」との出会い
・降ってきたものを受け止め、そのうえでどう生きるかを考える
・盲ろう者となった自分に生きる意味はあるのか
・すべての人間は闘いのただ中にある
・後ろ向きで後ずさる、逆転の発想でぼちぼち前進

第二章 人間は自分たちが思っているほど強い存在ではない
・どん底の状態にあって、それでも生きる意味があるかと自らに問う
・どんな人間も、生きる意味がある
・意思のように眠り、パンのように起きる
そんな素朴な生の中に生きる意味が与えられている
・豊かな先進国にしか「自分らしさ」を求める人間は存在しない
・ともかく生きている、それだけで人生のテストで九十点を取れている
・盲ろうを受け止めた精神力、しかしそれも無敵ではなかった

第三章 今この瞬間も戦闘状態、私の人生を支える命ある言葉
・コミュニケーションこそが人間の塊を支える
・その言葉にどういう意味が込められているのか
・「愛してる」-その言葉だけでは愛は存在しない
・たとえ渋谷の雑踏の中にいても、人は孤立する
・伝達ではない対話によって、人と人とが結び付く
・コミュニケーションによる他者の認識が自己の存在の実感につながる
・指先の宇宙で紡ぎ出された言葉と共にある命

第四章 生きる力と勇気の多くを、読書が与えてくれた
・『クマのプーさん』が想像の世界に誘ってくれた
・自分の沼に沈む
・『いのちの初夜』にいのちの本質を見る
・吉野弘の詩「生命は」によって、いのちの美しい関係性を感じる
・小松左京のSF的発想に生きる力をもらう
・自由な発想とユーモア、SFと落語に共通するエッセンス
・落語が教えてくれた「笑いが生きる力になる」ということ
・アポロ13号とロビンソン・クルーソーに極限状況をいかに生きるかを学んだ
・この四年間は北方謙三の小説に支えられて生きてきた

第五章 再生を支えてくれた家族と友と、永遠なるものと
・自分が人生の「主語」になる
・「しさくは きみの ために ある」
・病や障害は因縁のためなのか
・宗教は「料理」のようなもの
・盲ろう者となって、より身近に感じる宇宙
・限界状況と超越者の暗号
・人間の有限性と永遠なるもの

第六章 盲ろう者の視点で考える幸福の姿
・後ろに柱、前に酒…
・幸せの四つの因子
・自らの背中を見つめる
・幸福の四つの階層
・幸福の鍵を握る「ある」ということ
・幸福の土台は希望と交わり
・競争でなく協力を伴うチャレンジが人生を輝かせる

◆どんな著者

福島智1962年兵庫県生まれ。3歳で右目を、9歳で左目を失明。18歳で失聴し、全盲ろうとなる。1983年東京都立大学(現・首都大学東京)に合格し、盲ろう者として初の大学進学。金沢大学助教授などを経て、2008年より東京大学教授。盲ろう者として常勤の大学教員になったのは世界初。社会福祉法人全盲者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表などを務める。著者に『生きるって人とつながることだ!』(素朴社)『盲ろう者として生きて』(明石書店)などがある。

◆学び

苦悩の日々に意味があるならば、あえてそれも受け入れよう

苦悩に満ちた状況にも何かしらの意味があるから、
「俺にもし使命というものが、生きるうえでの使命というものがあるとするならば、それは果たさねばならない」と言っています。
彼に与えられた人生。彼だけしか経験できない人生。だからこそ彼が伝えていくべきメッセージがあり、人はみな一人一人自分にしか果たせない使命があるのです。

意味があるからこそ生きられる

フランクルの『意味への意志』との出会いにより、彼の考え方は可ありました。
「絶望=苦悩―意味」の公式は、フランクルの思想の中核が端的に表れています。
苦悩は絶望とは違うものであり、苦悩には意味があるのです。
福島氏が経験した、苦悩の体験はフランクルの生きるか死ぬかの狭間での経験と比べると、ずっと生ぬるいものだと感じさせます。
「なぜこんなことが自分に起きたのか」と考えていた思考が、「これは自分を¥の将来を光らせるために必要なものなんだ」という思考の変換をさせたのです。

出会いは人生にとって大きい。一つの出会いにより、人生が大きく変わることがあります。
それは、思考変容もそうですし、行動変容もそうです。
そんな大切なものに出会える運命も人それぞれ持っているのでしょう。

どんな人間にも、生きる意味がある

「人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ「無償に」存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるに違いない。」
私たちが生きていること自体が奇跡的なもの。
では、なぜこの地球に存在しているのでしょうか。
宇宙は、光によって観測可能な距離と計算した場合、少なくとも百三十八億光年広がりがあります。
そこに一千億以上もの銀河系があり、さらに私たちが生まれた銀河系の中には恒星が二千億もあります。
そして、この直径十万光年の銀河系の中心から二万八千光年のところにある太陽系の、そのまた第三惑星の地球に私たちは生まれました。
太陽から地球の距離はおよそ一億五千万キロメートル。
私たちの地球があと十パーセント太陽から遠かったら、凍えていきれなかったかもしれないし、十パーセント遠かったら、生命は誕生してないかもしれません。
このように、宇宙のなかに私たちが存在することは当たり前ではないのです。
生きることが奇跡的なことであるからこそ、誰しもに生きる意味があるのです。

自分が人生の「主語」となる

誰かから何かを言われるのがあまり好きではない福島氏の性格により、
彼は自分の人生は自分が考え、どんな生き方をしたいのかも自分が決めるという生き方を貫いています。
悩みや迷いも現れるが、成人とは自分が自らの人生の「主語」となることだと述べています。
一人では生きていけない。生きることは、他社との共同作業ではあるが、自分の人生、どんな人生でも自分が選択できるという生き方が示されています。

盲ろう者になって福島氏が学んだこと

① 人間は独りぼっちでは生きていけないということ
他者との関わりやコミュニケーションがなければ、生きる上での塊のエネルギーは湧いてこないということです。
② どのような困難な状況にあっても、可能性がゼロになることはないということ。
チャレンジし、現状を変革していく可能性は必ずある。
挑戦とは、常に他者の手助けのもとにある
挑戦とは、地道な努力と準備があって成功するもの
挑戦とは、自分自身に挑戦すること
挑戦とは、他者と協力しながら新しいものを生み出すこと
挑戦とは、他者とのコミュニケーションを大切にしていくこと
挑戦とは、自らがしっかり生き、他者と共に生きることで困難にもぶつかるが、その営み自体が最も重要なことである。
協力を伴うチャレンジが人を輝かせるのです。だからこそ、私たちは一度きりの人生、当たり前に存在するのではないこの人生を全うするうえで、どんな困難に遭おうとも可能性がゼロではないからこそ挑戦し続ける人生を生きることです。

◆こんな人にオススメ

・人が生きる意味を考えたい人
・幸福の追求について考えたい人
・失明や失聴の人の気持ちを考えてみたい人

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