〜[現代語抄訳]言志四録〜 Reader華菜Vol.1

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★どんな本

 
指導者のための聖書といわれており、佐藤一斎が後半生にわたって書いた語録。
「志とは何か」「武士の天分とは何か」を教え、近代日本を切り開くための原動力となった一冊。西郷隆盛座右の銘として愛誦。

佐藤一斎とは?

江戸時代末期、今でいう東京大学総長の立場となり、有意の計り知れない思想的感化を与えた。
驚くべきその門下生たちは、佐久間象山、山田方谷など。
その高弟うち、幕末の先覚者と言われる佐久間象山門下からは勝海舟、吉田松蔭。
また、吉田松蔭の「松下村塾」からは高杉晋作、伊藤博文らの志士たちが登場した。

★どんな著書

岬 龍一郎

1946年生まれ。作家・評論家。早稲田大学を経て、情報会社・出版社の役員を歴任。
退任後、著述業のかたわら、人材育成のために「人間経営塾」を主宰。
国家公務員・地方公務員幹部研修、大手企業研修などの講師を務め、「人の上に立つ者の人間学」を説いている。

学び

日本人の精神文化に触れ、豊かな心を育むための思想や、志を確立することの意味

志のある人は、みずからを切り開き、一度しかない人生を有意義に創造していく

第6条

学問をするには、志を立て、これを達成するためには心を奮い立たせることが大事である。しかも、その志は人からいわれてやるのではなく、自分の本心から出たものでなければならない。

第10条

人は誰も次のことを反省し考察してみる必要がある。「天はなぜ自分をこの世に生み出したのか。何をさせようとしているのか。身は天から授かったものなのだから、必ずや天職というものがあるはずだ。だからこの天職は果たさなければ天罰を受けることになる。」と。
ここまで反省し、深く考えてくると、漫然とこの世に生きているだけではダメだと思うはずだ。

第283条

これまで、この世は幾千万年を経てきたのだろうか。これからこの世は幾千万年続くのであろうか。誰もわからない。だから、たとえ自分が百年の寿命を保ったとしても、宇宙の生命からみれば、それはほんの一呼吸にすぎない。現在、幸いなことに人間に生まれた以上は、人間としての使命を全うして一生を終わりたい。自分の一生の本願はこれだけである。

私たちはいわば二回この世に生まれる一回目は存在するために 二回目は生きるために

と、ルソーの言葉であるように
一度目は、この世に生を受けること、
二度目の誕生とは、自分が社会を構成する一員としての自覚を持ち、何のために生きるのか人生の目的をしっかりと掴んだときである。
人生そのものに意味はないが、意味を見出すことはできる。
その意味づけやどんな自分になりたいのか、どの基準を求めるのかによって生き方が変わってくる。

知行合一 知っていながら行わないのは、本当に知ったことにはならない

第28条

心の働きは、「思う」ということである。何を思うのか。それは人としての道の実践に努力 を重ねることについてである。(思うならば)、行うべき道はますます鮮明になり、いよいよ誠実に取り組むようになる。誠実に実践することを「行」といい、その精通するところを「知」という。
だから「知」も「行」もつまりは「思」の一字に帰結する。

第127条

知(知識・知恵)は行(行動)をコントロールする天道である。
行は知から流れ出るものだから地道である。この二つがわれわれの体を成しているのだから、知っていて行わなければ本当に知っているとは言えない。つまり、知と行は二つにして一つであり、一つであって二つであるものだ。

イギリスの作家サミュエル・スマイルズは次のよう詩を残している。

思いの種を蒔き、行動を刈り取り
行動の種を蒔いて、習慣を刈り取る
習慣の種を蒔き、人格を刈り取り
人格の種を蒔いて、人生を刈り取る

はじまりは、どんな思いの種をまくか。
よくも悪くも撒いた通りの結果を得るとしたら、日々どんな思いの種を撒いているのか、それが理想の結果を得るに相応しいか確認し、改善していくことが大切である。

そして、行動の判断軸は知識によってコントロールできる。
知識がなければ、自分の物差しのみでしか判断することができない。
人生をより良いものにしていくためにも、まず知識を蓄えることは重要である。

本の知識を血肉化し、自分を成長させる

第239条

読書の方法は孟子のいう次の三言を師とすべきである。

一、 自分の心をもって、作者の精神を受け止める。

二、 書物に対しては批判的であって、その一部を信用しても、全部を信用しない。

三、 作者の人柄や業績を知り、また当時の社会的背景を考えながら読んでいくべきである。

第84条

学問の「学」は、先賢の教えを現在に照らし合わせ、「問」は先生や友人にその疑問を資することだということは誰でも知っている。だが、学というのは自分で実行し、問とは自分の心に問うて反省するということを、はたして何人の者が知っているだろうか。

第14条

学問を始めるには、必ず立派な人物になろうとの志を立て、それから書物を読むべきである。そうではなくして、ただいたずらに知識を広めるための学問は傲慢な人間になったり、悪事をごまかすようになったりしまいかと心配する。これこそ「敵に武器を貸し、盗人に食物を与える」ようなもので、憂うべきことである。

本を読む目的、自分の人生においてどのように役立てるか明確にしてから読む。
また、著書の思考を全て飲み込まず、常に疑問を持ちながら問い続ける。
上記2つを行うことで、思考力が高めながら自分のものにしていくことができ、新たな思考パターンを手にいれられる。

幸せを自分の内側に見出す

第69条

人の世には、身分や貧富の差がある。そして、その中に苦労と楽しみがある。だが、必ずしも金持ちや身分の高い者が楽しいわけでもなく、貧乏や身分が低いからといって苦しいわけでもない。何事も苦しいと思えば苦しいし、楽しいと思えば、楽しい。こういう苦楽というものは外からの刺激によって感じるものだから、心の外にあるものは本当の苦楽ではない。

第57条

「心が平安であれば、太陽の恩恵のありがたさを知り、眼がはっきりしていれば澄みきった大空の爽快さを知る」とは宗儒の程明道の言葉である。この言葉どおり、晴天白白はいつも自分の前にあるが、外のものに気をとられているとそれが見えない。これを座右の銘にして戒めるがよい。

第75条

人間は心に楽しむところがなくてはならない。楽しみは自分の心の持ち方であって、自分の外にあるものではない。

何事も善きことと思って、それを楽しむ。これがわかると人生で怖いものはなくなる。

(自分に降りかかることはすべて善きことと思えという「最善観」を説いている。)

全ては自分の心持ち次第である。
足りないもの、ないものに目を向けるのではなく、今あるものに目をむける。
幸せだから感謝するのではなく、感謝の心から幸せになれる。

★こんな人におすすめ

・リーダーとして生きる人

・日本思想の精髄を学びたい人

・志を確立したい人

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