〜新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか?〜 Reader瑞季Vol.61

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新しいと道徳「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか?

★どんな本

2018年、道徳を教科化?
だけど、その前に……、

『日本人にとって、「道徳」とは何か?』

この問いに答えられる、親や教師はいるのだろうか。
まず最初に大人たちが、真面目に考えた方がいい。
稀代の天才が現代の核心をえぐる、未だ嘗てない道徳論!

「時代を作る人は、いつだって古い道徳を打ち壊してきた。
誰かに押しつけられた道徳ではなく、自分なりの道徳で生きた方がよほど格好いい。
自分なりの道徳とはつまり、自分がどう生きるかという原則だ。
今の大人たちの性根が据わっていないのは、道徳を人まかせにしているからだ。
それは、自分の人生を人まかせにするってことだと思う」

★どんな著者?

北野武さん

1947年東京生まれ。
お笑いタレント、映画監督、俳優、東京藝術大学大学院映像研究科教授。
テレビ番組、CM等に出演する一方、89年の初監督作品「その男、凶暴につき」以降、
映画監督として精力的に作品を生み出している。
98年に「HANA‐BI」でヴェネチア国際映画祭金獅子賞、
2003年「座頭市」でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞など受賞歴多数。

★学び

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誰かに押しつけられた道徳に、
唯々諾々と従うとバカを見る。
それはすでに昔の人が経験済みだ。
——————————-

社会という大きな枠に、その社会の構成員は囲い込まれて生きている。

構成員にはいつも、その枠からできるだけ
はみださないように、という圧力がかかっている。

人間は大昔から、ずっとそうやって生きてきた。
キリストだって、人間と神様の関係を、羊と羊飼いにたとえている。

道徳はその社会の枠を示すものともいえる。
いうなれば、牧場の柵だ。

武士道にしても、騎士道にしても同じだ。

「武士道というは死ぬことと見つけたり」
というのも、武家社会の構成員である武士が、
羊である自分と羊飼いである主君との
関係をどうするかっていう話なわけだ、結局は。

命を捨てて忠義を尽くすとか、
大義のために死ぬとか。

そういえばなんか格好いいけれど、柵の中の自分を美化しているだけなんじゃないか。

武士が主君に絶対的忠誠を誓い、忠臣は二君に仕えずなんていうことを
やかましくいうようになったのは、江戸時代になってからの話だ。

その前の戦国時代は、「士はおのれを知る者のために死す」で、
自分を高く評価してくれる主君がいれば、二君でも三君でもどんどん仕えた。

実力主義の時代と終身雇用の時代では、道徳は変わるのだ。
変わるのは当たり前だ。
牧場の柵なんだから。
牧場の持ち主が変われば、柵のカタチや場所が変わる。

道徳はしょせんそんなものだと思っていれば害はないのだけれど、
普通そういう風には道徳を教えない。
道徳が相対的なものだなんていい出したら、
誰も道徳を真面目に守ろうとしなくなるからだ。
だから、まるで永遠不変の真理のように道徳を教える。

世の中が変わらなければ、それでも問題はない。

柵を柵と思わずに、自分は此処にいたいから
此処にいるんだと思っている方が、羊はよっぽど幸せだ。

だけど、なかなかそうはいかない。
この世はいつも動いている。
いちばんわかりやすいのは、戦争に負けたときだ。

ある歴史学者が何かの本に書いていたけれど、
戦争とは、敵国の社会を成立させている基本原理に対する攻撃なんだそうだ。

「俺たちが正義だ。お前の考え方は間違ってる」

そういって戦争するわけだ。
アメリカとソ連(当時)の冷戦も、まさしくそういうものだった。

太平洋戦争中に、日本が鬼畜米英なんていっていたのもそうだ。

戦争の勝ち負けと、どちらが正しいかは
別問題だと思うけれど、現実には勝った方の正義が通って、
負けた方は間違っていたってことになる。

負けた国は、その社会を成立させている基本原理を否定される。
今まで白だったことが黒になり、黒だったことが白になる。
太平洋戦争に負けた日本の教科書は、あちこちを墨で黒く塗り潰された。

鬼畜だった米英の兵隊はヒーローになって、
子どもたちはガムだのチョコレート欲しさにあとを追いかけ回す。

良い悪いの話をしているわけじゃない。
道徳なんて、そんなものだという話だ。

正義なんてものは、戦争に負けたくらいのことで簡単にひっくり返るのだ。

戦前の世代は、そのことを身に沁みて経験したはずだ。

牧場主が自分の都合で牧場の柵を作るように、
権力者は自分の都合で道徳を作る。
都合が変われば、道徳もコロコロ変わる。

コロコロ変わるのが道徳の宿命なのだから。

学校で教わった道徳を、絶対だと信じるからおかしなことになる。

戦後の日本が世界も驚くような復興を遂げたのは、
戦前の道徳がひっくりかえって、道徳なんかどうでもいいやってことになったおかげともいえる。

人生とはなんぞやなどという難しい話はやめて、
ひたすら経済活動に邁進したおかげで今の日本がある。

かつては、エコノミックアニマルなんていわれたものだけど、
それはつまり道徳を失った動物ってことだろう。

今頃になって、日本人はエライとかスゴイとか、
日本人の道徳を取り戻せなんていい出したのは、その反動に違いない。

だけど、なんだかそれも虚しい。

世の中の道徳が変わったからといって、自分まで変わる必要はない。

誰かに押しつけられた道徳に、唯々諾々と従うとバカを見る。

それはもう、すでに昔の人が経験済みのことだ。

★こんな人にオススメ

*教育者の方
*自分の人生の舵を自分で切りたい
*社会がどうこうではなく物事の本質とは何か

etc…

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