~アツイコトバ~Reader華子vol.1

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★どんな本

『きみは今、生きているか。生きている実感はあるか。』 生きていれば誰だって、やりたいこと、成し遂げたいこと、達成したい目標がある。しかし目指せば目指すほど道は険しくなり、壁は高くなる。確率や可能性の有無に左右され、もうダメだと思ってしまう。しかし様々な場面で、最終的に私たち突き動かすものは、一言の“内言語”である。くじけそうになった時、『頑張れ』という誰かの一言に、救われたことはないだろうか。誰かの一言で、頑張れたということはないだろうか。魂のこもった言葉には、そのような力が宿っている。たとえどのような状況からでも、耐え難き辛い局面を、超えられないほどの高い壁を乗り越えるための、“アツイ コトバ”であり、超思考法!

★どんな著者

杉村 太郎 慶應義塾大学地工学部管理理工学科卒。ハーバード大学ケネディ行政大学院卒。1987年に住友商事に入社 し、その後は損害保険会社にて経営戦略と人材育成・採用を担当。1992年、我究館/(株)ジャパンビジ ネスラボ設立。学生向けのキャリアデザインスクール「我究館」ではワークシートを使った独自の人材育成 を展開、高い第一志望内定率を達成した。1994年、『絶対内定95』を上梓。その後、『絶対内定』シリー ズは毎年10万部の発行部数となり、就職活動に挑む学生の圧倒的支持率を得た。1997年、アビジョンを再 構築した上での、転職・独立支援を行なった。13年間で5000人以上の社会人・大学生に対し、9000時間 の講義に加え、1万4000時間の個別面談を通して、キャリアデザインや目標達成のサポートを行った。OB・ OGの進路はマスコミから金融、官僚、タレント、弁護士、医師、教員まで幅広い。Faith Group CEO、 (株)ジャパンビジネスラボ代表取締役社長・我究館・GQコーチング・プレゼンスの教壇に立ち、個別面 談も行った。著書に、『TOEICテスト900点 TOEFLテスト250点への王道』『絶対内定 エントリーシート の王道2006』『絶対内定 面接の王道2006』『絶対内定 一発逆転の自己PR・志望動機2006』(以上、ダ イヤモンド社)、『ハーバード・ケネディスクールでは何をどう教えているか』(英治出版)など多数。 2011年、原発不明癌のため死去。47歳没(享年49)。

★学び

制限をかけているのはいつも自分

壁に当たった時、人には2つの選択肢があると思う。その2つとはシンプルで、それでも挑戦する人と諦めを選択する人。しかし、よく考えてみてほしい。挑戦するということも、諦めを選択するのも自分次第なのである。自分のせいだと思うことも、他人のせいだと思うことも、全て自分次第。そして挑戦しようとすればするほど、周りからの言葉がある。『危ないからやめておけ』『そんなことしていて大丈夫なのか?』『諦 めた方がいい』『そんなことできるはずがない』。たいていは、その人たちの意見に流され、共感してしまい、諦めを選択することは多い。しかし、その周りからの意見というのは、あくまで意見、外部からの情報であって、事実ではない。一番大切なのは、本人自身が、何を信じたいかなのである。制限をかけているのは、周りの意見ではなく、周囲の目でもなく、自分である。そしてどれだけ自分自身の力を信じるかも、自分次第である。本当はどうしたいのか。自分の人生に制限をかけたいと心から思っている人がどこにいるだろう。本当はやりたいことがあるのではないか。確率や可能性の有無、周りの意見は情報として、あくまで意見の1つなのであると思って、自ら決めていた制限を外し、自分は自分の心からの願望と向き合おうと思う。

必死になれば、生きている実感がある

これまでの人生を振り返って、必死になった時とはどんな時だったかを思い返した。学校での部活、文化祭 の準備、大学受験、学生団体の運営。そんな時に共通して感じていたと思うことは、『生きている実感があった』ということである。好きなことでも、楽しいことでも、続けていればいつかは逆境がくる。現実的に楽しいことばかりではなかったし、というか、楽しい瞬間より苦しい瞬間の方が多かった気すらある。涙を流すことだってあった。しかしそれでも振り返れば全てが可能性に満ちていて、ワクワクしていて、頑張れている、やり甲斐のある、生きている実感があった思い出だ。何のために生きているのか。何のための生きればいいのか。何のために、生まれてきたのか。その答えが分からずに思い悩んだことは何度もあったが、よ く考えたらそれも自分自身で決めることができるものであって、誰かに決めてもらったり正解不正解がある ものではなかった。とにかく、前に進んでいれば、生きている実感なんて自然に湧いてくるし、何のために生きるか、なぜ生まれてきたのかも、自分自身で決めることができるものだった。

トップと最下位に、実は差なんてない。

この本の著者である杉村さんが、世界中のエリートとともに過ごしてきて気づいたことだそうだ。トップと最下位に、実は能力の差なんてない。差があるとすれば、“目標があるかないか”。“物事に対する執着心がど れだけ強いか”。そして、目標達成のためにアクセルをベタ踏みできるかできないか、その差だという。成功する人、成果を出している人たちと、そうではない人の差というのは、能力でも、センスでもなかった。そ もそもセンスなんて関係なかった。子供の頃、よく『センスがない』という理由で習い事を辞めたり、『能 力がない』という理由でテスト勉強をほったらかしにしたりしたことがあった。そして、良い成績を修める人というのは、自分とは違って要領が良くて、センスがあって能力が高い人。遺伝子レベルで仕方のないことなのだと思い込んでいた。しかしそれは自分がそう思い込んでいただけで、成功する人とそうでない人の差というのは、能力の問題でもセンスの有無でもなかった。

「絶対」を信じられるか信じられないか、それが人間を2種類に分ける。

絶対なんかあるわけがない。確かに、何かをどれだけ努力しようと、絶対という保証は存在しない。しかし それでも、あなたはその「絶対」を信じられるか。心の底から絶対にできると信じることができるか。信じるためにできることは、毎日ベストを尽くすこと。納得いくまで頑張ること。それしかない。信じたことが叶った時の感動は大きい。一方、信じてきたことを途中で諦めた時の、何かしらのもどかしさも大きい。「絶 対」を信じられるか否かは、人間を2種類に分ける。それは、成果を出し、大きな感動を味わう人と、その感動の素晴らしさを知らないまま生きる人である。

一番を狙っていない奴など信じてはいけない。

一番を狙っていないということは、すなわちどういうことなのか。それは、一番ではなく“そこそこ”を狙っ ている時点で、人生における様々な場面において手抜きの連続をしている、ということになるのだという。 一番を狙っていない奴など信じるな、という杉村さんの言葉と同時に、その言葉を自分自身にも、肝に命じておきたいと思う。目指すのであれば、一番を狙う。トップを目指すのであればその中の一番を目指す。『今のレベルで一番を目指すなんて、生意気なこと言っていいのか、目指していいのか』と思うことがあるが、 目指すのであれば一番を狙う以外に選択肢はない。なぜなら、“一番を狙わずして本気の気合いなど出せるわけがない”のだから。気をつけておきたいのは、一番を狙うということが正解な生き方なのではなく、自分自身が、一番を狙いたい、一番になりたいという願望があるかないか、ということである。

人はしょせん一人だ、そして絶対に一人ではない。

誰も自分のことを助けてはくれない。結局は、自分の力で何とかするしかない。這い上がるなら這い上がるで、自分の力で這い上がっていくしかない。しかし、苦しいと感じた時、本当に一人だったか。あるいは、 乗り越えようとしている時、本当に一人だったか。そしてなぜ、乗り越えられたのだろうか。生きていれば 誰もが感じることがある。それは、人の存在のありがたさ。支えてくれる周囲の存在のありがたさだ。自分 のことは自分で何とかしなければいけない、とはいえ、人は決して一人で生きているわけではない。見えな いところで、意識していないところで、誰かに支えられている。もしそれでも自分な一人なのだ、孤独なの だと思っているのだとすれば、視野が狭くなっているだけ。だからそんな時は一度立ち止まってみて、その 状況を噛みしめる。そうすれば、決して一人ではないということに気づくことができる。

★こんな人にオススメ

・自己啓発を求めている人
・成功者の考え方に触れたい人
・成し遂げたいことがある人
・やりたいことを見つけたい人
・逆境を感じている人
etc…

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